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白馬大雪渓の大崩落から10年

画像 北アルプス白馬岳へのメインルートにある白馬大雪渓で、2名が死傷した2005年の大崩落からまもなく10年が経つ。

 白馬大雪渓は、雪渓のスケールはもちろん日本一で、素晴らしい景観や白馬岳への最短ルートで体力的に楽なことから登山者には人気のルートである。

 大雪渓の上部は岩がもろくたびたび落石による死傷者が出ている。
 落石は雪渓の上を音もなく転がってくるため、登山者にとっては非常に厄介である。細心の注意が必要だ。

 特に、大雨の後や真夏の太陽により雪が溶け出した昼過ぎに落石が多く発生しているようだ。


 2005年8月11日午前7時半ごろ、大雪渓上部でまれに見る大規模な落石事故が発生した。落石と言うよりは、杓子岳の大規模な岩の崩落だった。

 この年白馬では六月からたびたび大雨に見舞われていて、崩落の前日までの8月の降雨量は平年の123%の58㎜に達していた。
 特に前日は低気圧の影響で夜中から強い雨が降り出し早朝も雷雨だったという。

 崩落事故に巻き込まれたのは、大阪府の65歳の男性と地元の明科町(現安曇野市)の57歳の男性で、大阪府の男性は心肺停止状態で救出されたが死亡が確認された。(年齢は当時)

 事故のあった場所は、標高2300m付近の通称「葱平」(ねぶかっぴら)で、上部左側の杓子岳方面から沢筋に長さ約300m、幅30m~50mにわたり土砂が雪渓の上に押し出したという。
 その土砂の量は推定約2000㎥に及んだと見られている。四トントラック大の岩も転がってきたと言うから、崩落の規模は想像を超えていたのだろう。
 
 幸い明科町の男性は命に別状はなかったが、崩落の模様について、「崩落は三つの流れがおき、そのうちの一つが自分の方へ向かってきたので、必死に尾根の方へ逃げているときに、後ろから飛んできた石が頭にあたり倒れた」と語っている。

 「直前にすれ違った男性(おそらく犠牲者)は70m下で倒れて動かなかった」という。

 崩落事故の直後、大雪渓は一時的に入山禁止の措置がとられた。


 さらに3年後、2008年8月19日午後4時10分頃、またしても葱平付近で今度は白馬岳側から長さ約100m、幅約50mの崩落が起きている。
 このときの崩落では、男女2名がなくなっている。男性は35歳(当時)の松本市の山岳ガイドだった。

 この事故のときも13日から雨が降り続いており、当日も朝から雨で、猿倉の最大時間雨量22mm、降り始めからの雨量は100mmを超えていたという。
 
 崩落は3年前と条件が重なる。ポイントは雨が降り続き、時折豪雨となっていたことだ。

 この事故では、雨が降り続き崩落の危険がある中、2パーティーが登山を中止した中、唯一登山を続けた男性ガイドの判断に疑問を呈する者もいた。

 いずれにしても過去の経験は生かされなかったことになる。


 この他、大雪渓では次のとおり落石による死亡事故が発生している。

 ◆1997年7月 37歳の女性が直径1mの落石を受け死亡

 ◆1999年8月 72歳の女性が直径30cmの落石を受け死亡

 ◆2002年7月 60歳の女性が直径70cmの落石を受け死亡 


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